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秋田地方裁判所 昭和34年(わ)21号 判決 1964年5月13日

被告人 佐藤敬治

大九・三・一〇生 大館市長

伊藤経雄

明四〇・八・一三生 大館市教育長

主文

被告人両名はいずれも無罪。

理由

第一節本件公訴事実

被告人佐藤敬治は昭和二六年四月より秋田県大館市長として市政全般を掌理する者、同伊藤経雄は昭和二八年四月より同市教育委員会教育長として同市内の学校その他教育施設の設置、管理等の業務を掌理する者であるところ、被告人両名は同市助役小坂直司、同財政課長虻川文夫、同教育委員会総務課書記田畑準吉外と共謀の上、同市及び同教育委員会が大館市内小、中学校屋内運動場等の新、増、改築工事を施行するに際し、公立学校施設費国庫負担法(昭和三三年法律第八一号による改正前の昭和二八年法律第二四七号)及び危険校舎改築臨時措置法(昭和三三年法律第八一号による改正前の昭和二八年法律第二四八号)並びに農林畜水産業関係補助金等交付規則(昭和三一年農林省令第一八号)及び秋田県入植施設補助金交付規則(昭和三一年秋田県規則第一八号)に基き、右工事が補助対象事業に決定せられた場合、その事業費につき、工事費が文部省又は農林省所定の坪当り基準単価を上廻る場合はその基準単価に基く事業費により、又右工事費が右基準単価を下廻る場合には実施工事費に基く事業費により、災害復旧事業にはその事業費の三分の二の国庫負担金を、一般校舎整備事業及び屋内運動場整備事業にはその二分の一の補助金を、危険校舎改築事業にはその三分の一の補助金を入植施設事業にはその一〇分の八の補助金を、それぞれ文部大臣(入植施設事業費補助金以外のものにつき)又は秋田県知事(入植施設事業費補助金につき)の各委任を受けた支出官たる秋田県出納長より交付せられるので、工右事費を右基準額以上に要した如く偽り補助金等の不正交付を受けようと企て、

第一、同市立第一中学校屋内運動場鉄骨造りの請負工事費は七、七五一、二六五円で、坪当り工事実施単価三八、〇〇〇円となり文部省の定めた坪当り基準単価四万円を下廻り、同市立成章中学校屋内運動場鉄骨造りの建築請負工事費は六、六二八、七三五円で、坪当り工事実施単価は三八、四〇〇円となり前同基準単価四万円を下廻り、同市立長木中学校屋内運動場の建築請負工事費は、二、四九五、〇〇〇円で、坪当り工事実施単価は二五、〇〇〇円となり前同基準単価二七、四〇〇円を下廻るのに拘らず、被告人佐藤名義で秋田市所在秋田県庁支出官出納長笠井重光に対し、

(一)、昭和三〇年一一月三〇日頃、右第一中学校屋内運動場の災害復旧国庫負担金請求書に、右請負工事費を水増しして坪当り四万円、一六〇坪、六四〇万円を要する旨記載した虚偽内容の災害復旧事業実施状況報告書等添付の上提出し、同年一二月一日頃、右出納長より大館市役所宛右請求の国庫負担金一、八二二、〇〇〇円の送金を受け、その正当に受領し得べき国庫負担金との差額二一五、四〇〇円を受領し

(二)、昭和三一年三月二七日頃及び同年四月二四日頃の二回に亘り、第一中学校屋内運動場、成章中学校屋内運動場、長木中学校屋内運動場等公立小、中学校建物整備費補助金の各請求書(第一次、第二次分)に右各請負工事費を水増しした虚偽の工事費、第一中学校屋内運動場新築分八、二〇三、八六五円、成章中学校屋内運動場新築分七、〇〇一、六三五円、長木中学校屋内運動場新築分三、二五七、九〇〇円なる旨の各虚偽の請負契約書写及びそれに符合する各虚偽の設計書を添付の上一括提出し、因つて同年三月二九日頃及び四月二四日頃の二回に亘り、右出納長より同市役所宛、右請求の補助金合計第一中学校分八八八、八〇〇円、成章中学校分一、八五八、四〇〇円、長木中学校分八五七、八〇〇円を一括して送金を受け、その正当に受領し得べき補助金第一中学校分八四四、三〇〇円との差額四四、五〇〇円、前同補助金成章中学校分一、七八四、〇〇〇円との差額七四、四〇〇円及び前同補助金長木中学校分七八二、七〇〇円との差額七五、五〇〇円合計一九四、〇〇〇円を受領し、

第二、同市立第一中学校校舎増築の請負工事費は二七三万円で、坪当り工事実施単価は二五、三〇〇円となり、文部省の定めた坪当り基準単価二六、四〇〇円を下廻り、同市立釈迦内小学校校舎改築請負工事費は二五五万円で、坪当り工事実施単価は二五、四〇〇円となり前同基準単価二六、四〇〇円を下廻るのに拘らず、被告人佐藤名義で前同支出官秋田県出納長笠井重光に対し昭和三一年一〇月三〇日頃及び昭和三二年四月三〇日頃の二回に亘り、第一中学校校舎増築の公立小、中学校建築費補助金(第一次分及び第二次分)の各請求書及び釈迦内小学校校舎改築の公立諸学校危険校舎改築費補助金(第一次分及び第二次分)の各請求書に右各請負工事費を水増しした虚偽の工事費第一中学校校舎増築分二九〇万円、釈迦内小学校校舎改築分二六六万円なる旨の各虚偽の請負契約書写及びこれに符合する各虚偽の設計書等を添付の上一括提出し、因つて昭和三一年一〇月三一日頃及び昭和三二年四月三〇日頃の二回に亘り右出納長より同市役所宛右請求の補助金第一中学校分合計一、三三三、二〇〇円、釈迦内小学校分合計八八八、八〇〇円の送金を受け、その正当に受領し得べき補助金第一中学校分一、二七七、六〇〇円との差額五五、六〇〇円及び前同補助金釈迦内小学校分八五五、〇〇〇円との差額三三、八〇〇円、合計八九、四〇〇円を受領し、

第三、同市立成章小学校葛原分校の請負工事費は一七〇万円で坪当り工事実施単価は二四、三〇〇円となり、農林省の定めた坪当り基準単価二六、一〇〇円を下廻るのに拘らず、昭和三二年二月二七日頃、被告人佐藤名義で秋田県知事小畑勇二郎に対し、開拓事業入植施設費補助金交付申請書に、右請負工事費を水増しした虚偽の工事費二、〇六七、〇〇〇円に符合すべき虚偽の記載をした事業計画書、収支予算書を添付の上提出し、同知事をして被告人佐藤宛右補助金交付指令を発せしめた上、同年三月二九日頃、被告人佐藤名義で同知事宛右補助金請求書を作成提出し、因つて同年五月三一日頃、前同出納長より同市役所宛に右請求の補助金八〇三、〇〇〇円の送金を受け、その正当に受領し得べき補助金七四六、〇〇〇円との差額五七、〇〇〇円を受領し、

第四、同市立第一中学校校舎増築の請負工事費は三、一三八、〇〇〇円で坪当り工事実施単価は二四、八〇〇円となり、文部省の定めた坪当り基準単価二六、四〇〇円を下廻り、同市立釈迦内小学校校舎改築の請負工事費は三〇〇万円で坪当り工事実施単価は二四、六〇〇円となり前同基準単価二六、四〇〇円を下廻るのに拘らず被告人佐藤名義で前同出納長笠井重光に対し昭和三二年一月三一日頃、同年三月一九日頃及び同年四月二五日頃の三回に亘り、第一中学校校舎増築工事の公立小、中学校建築整備補助金(第一次乃至第三次分)請求書、釈迦内小学校校舎改築の公立諸学校危険校舎改築費補助金(第一次乃至第三次分)請求書に右各請負工事費を水増しした虚偽の工事費第一中学校校舎増築分三、三七五、〇〇〇円、釈迦内小学校校舎改築分三二二万円なる旨の各虚偽の請負契約書写及びこれに符合する各虚偽の設計書添付の上一括提出し、因つて同年三月四日頃、同月二四日頃及び同年四月三〇日頃の三回に亘り、右出納長より同市役所宛右請求の補助金第一中学校分合計一、六七九、八〇〇円、釈迦内小学校分合計八八八、八〇〇円の送金を受け、その正当に受領し得べき補助金第一中学校分一、五七八、〇〇〇円との差額一〇一、八〇〇円及び前同補助金釈迦内小学校分八二八、二〇〇円との差額六〇、六〇〇円、合計一六二、四〇〇円を受領し、

以て偽りの手段により国庫負担金、補助金及び間接補助金の交付を受けたものである。

第二節本件補助金額とその算出根拠

大館市が施行した公訴事実記載の各学校建築工事が補助事業又は間接補助事業に認められ、うち公訴事実第一記載の第一中学校屋内運動場鉄骨造り工事につき、公立学校施設費国庫負担法に基く災害復旧国庫負担金及び公立小中学校建物整備費補助金として、同じく成章中学校屋内運動場鉄骨造り及び長木中学校屋内運動場建築工事につき前同補助金として、公訴事実第二及び第四各記載の第一中学校校舎増築工事につき前同法に基く公立小中学校建物整備費補助金又は公立小中学校施設整備費補助金として、同じく釈迦内小学校校舎改築工事につき危険校舎改築臨時措置法に基く公立諸学校危険校舎改築費補助金として、又公訴事実第三記載の成章小学校葛原分校建築工事につき国の補助金を財源とする秋田県入植施設費補助金交付規則に基く開拓事業入植施設費補助金として、それぞれ公訴事実記載の日時、同記載の各金額を秋田県出納長から受領している(以下右金員を本件補助金と総称する)ことは、証人山内長四郎尋問調書、(中略)

によつて認めることができる。

さて、昭和三三年一二月一八日付山口久一の検察官に対する供述調書及び同月二四日付進藤三千穂の検察官に対する供述調書によれば、大館市の受領した本件補助金の金額は次のようにして決定されたものである。即ち開拓事業入植施設費補助金以外については、補助単価(基準単価)に補助事業(対象)坪数を乗じたものを補助事業工事費とし、これに所定の補助率を乗じたものを工事費に対する補助額とし、更にその一パーセントを事務費に対する補助額として加算したものである(以上いずれも百円未満は切捨)。開拓事業入植施設費補助金についても右と同様であるが、事務費の加算がなく千円未満は切捨てる。ここに基準単価とは、補助事業について、その工事費の一坪当り単価として、補助機関である文部省又は農林省に於て査定した金額であり、補助事業に現実に要する工事費の坪当り単価が右基準単価の金額又はこれを超える金額となる場合は、補助金の金額は基準単価を基礎として前記の算定方式で計算された金額に決定されるが、逆に実施工事単価が基準単価に満たないときは、該実施工事単価を基準単価に置換えて算出された金額に決定される。換言すれば、本件補助金は、各補助事業の坪当り工事費が基準単価に達することを前提として交付されたものであり、坪当り工事費が基準単価に達しない場合はその差に相当する分につき受給資格を欠くこととなる。

然して、本件各学校工事の基準単価が、公訴事実第一の第一中学校及び成章中学校各屋内運動場工事につき四万円、同じく長木中学校屋内運動場工事につき二七、四〇〇円、公訴事実第二及び第四の第一中学校及び釈迦内小学校各校舎工事につき二六、四〇〇円、公訴事実第三記載の成章小学校葛原分校校舎工事につき二六、一〇〇円と定められたことは、森正路及び五十嵐清(昭和三二年一二月一七日付)の検察官に対する各供述調書によつて明らかである。

第三節本件各補助事業の実施工事費額

そこで、本件各補助事業について、大館市が実施した工事の一坪当り工事費を右基準単価に比較してみる。この場合算入すべき工事費の範囲について、昭和三三年一二月二二日付山口久一の検察官に対する供述調書、(中略)を綜合すれば、次のように解される。

即ち請負工事費であると直営工事費であるとを問わず、又主体工事費のみならず附帯工事費(なお公立学校施設費国庫負担法昭和二八年法第二四七号第四条、危険校舎改築促進臨時措置法施行令昭和二九年政令第一三号第三条参照)をも含む。ここに附帯工事とは、当該建物の主体工事に附随し、その効用の発揮を目的として施工されるものをいい、具体的には、塗装、電気、給水、渡廊下の如き諸工事を指し(なお証第一号綴り中の昭和三二年一月発行の公立学校施設関係法令集一一四頁の4の記載参照)、かかる性質を有する限り当初設計に含まれないものを追加工事として施工する場合も同様であり、(なお右法令集一一七頁の(一)(5)(ロ)及び(二)―本工事費と附帯工事費相互間の流用―の記載参照)要するに補助対象工事が社会通念上学校建築として誠実に完工される限り、これに要する費用を補助の対象とする趣旨であつて、このことは県の担当官が市町村に対し説明指導しているところである。又工事施行に際し請負業者に無償で支給された建築資材の価格の如きも、右工事費に算入される。

以上の基準に従つて、大館市が施行した本件各補助事業の工事費額を検討すると、次の通りである。

第一、(イ) 証第二号中の昭和三〇年一〇月一〇日付工事請負契約書及び磯野作太郎名義の大館市立第一中学校、成章中学校体育館新築工事内訳書によれば、第一中学校屋内運動場鉄骨造り二〇四坪及び附属ステージ木造三〇坪の建築工事(補助対象は鉄骨造り二〇四坪)は株式会社戸田組が大館市から請負つたものであるが、その請負工事費が七、七五一、二六五円(但し鉄骨造り部分の請負工事費は「七二九万九、二八八円」)、坪当り単価三八、〇〇〇円であることは公訴事実第一冒頭記載の通りである。ところで同じく証第二号中の大館市第一中学校体育館新築工事入札条件と題する書面及び前記工事内訳書並びに田村靖紀作成の各学校実施工事調書(記録七六三丁)によれば、右請負工事(ステージを含む)に当つては、市から施工業者に古材一八三石見積価格二七万四、五〇〇円及び砂利栗石計二九リユーベ見積価格七万円を無償支給し、そのうち鉄骨造り部分には少くも古材「二三万九、三六四円」相当、砂利栗石「六万一、〇四〇円」相当が使用されたことが認められる。

更に、大館市が右屋内運動場(ステージを含む)電灯設備工事を工事費二八三、〇〇〇円で明石喜江蔵に請負わせ右代金のうち少くも「二四万六、七七六円」が右鉄首造り部分の電灯設備費用と認めるべきことは、同じく証第二号中の被告人佐藤及び明石喜江蔵名義の工事請負契約書(第一中学校の分)及び田村靖紀の前記工事調書によつて明らかである。更に田村靖紀の右工事調書によれば右屋内運動場の新築に伴う附帯工事として、ポンプ小屋移設、配管工事、電柱移築、渡廊下建設の各工事を施行し、これらの合計金「四五万五、〇八〇円」を要したことが認められる。以上の請負代金及び見積価格等のうち「 」をもつて囲んだ各金額はいずれも右屋内運動場鉄骨造り二〇四坪の工事費に含められるべきこと前叙のとおりでありこれを合算すると八、三〇一、五四八円であり、坪当り四〇、六九三円に相当する。

(ロ) 前記証第二号中の昭和三〇年一〇月一〇日付工事請負契約書及び磯野作太郎名義工事内訳書によれば、成章中学校屋内運動場鉄骨造り一七三、四坪と附属ステージ木造二〇坪の建築工事(補助対象は鉄骨造り部分のうち九二坪も株式会社戸田組が大館市から請負つたものであるが、その請負工事費が六、六二八、七三五円(但し鉄骨造り部分の請負工事費は「六三五万二〇八円」)、坪当り単価三八、四〇〇円であることは公訴事実第一冒頭記載の通りである。ところで同じく証第二号中の成章中学校体育館新築工事入札条件と題する書面及び前記工事内訳書並びに田村靖紀の前掲調書によれば、右請負工事(ステージを含む)に当つては、市から施工業者に木材約七〇坪見積価格二二万五、〇〇〇円、砂利栗石計二五、五リユーベ見積価格六万一、七五〇円を無償支給し、そのうち木材「二〇万一、八二五円」相当、砂利栗石「五万五、三八九円」相当が鉄骨造り部分の工事に使用されたことが認められる。

更に大館市が右屋内運動場(ステージを含む)電灯設備工事を工事費二六三、〇〇〇円で明石喜江蔵に請負わせ右金額のうち少くも「二三万五、九一一円」が右鉄骨造り部分の電灯工事費と認めるべきことは、同じく証第二号中の被告人佐藤及び明石喜江蔵名義の工事請負契約書(成章中学校の分)及び田村靖紀の前掲工事調書によつて明らかである。更に右田村靖紀の工事調書によれば右屋内運動場の新築に伴う附帯工事として渡廊下建設工事を行い、これに「四〇万六、五一六円」を要したことも認められる。

以上の請負代金及び見積価格等のうち「 」をもつて囲んだ各金額はいずれも右屋内運動場鉄骨造り一七三、四坪の工事費に含められるべきものであるから、これを合算すると七、二四九、八四九円であり、坪当り四一、八〇九円に相当する。

(ハ) 証第四号中の工事請負契約書によれば、長木中学校屋内運動場の建築工事(実施坪数は一一七坪、補助対象は内六二坪)は、佐藤幸太郎が大館市から請負つたものであるが、その請負工事費が二、四九五、〇〇〇円であることは、公訴事実第一記載の通りである。しかし右請負中には基礎工事及び床工事は含まれていないことが、同じく証第四号中の「大館市立長木中学校屋内体操場新築工事入札条件」と題する書面の記載から明らかである。ところで昭和三七年九月七日の証人田村靖紀尋問調書によると、右基礎工事及び床工事は市の直営によつて一一七坪施工され、その工事費は坪当り五、六〇一円に評価されるほか、附属渡り廊下につき、直営工事費二〇、八四四円及び三浦久男の請負工事費一二万円を要し、結局これらを合算した右屋内運動場の工事費は三、二九一、一六一円であり坪当り二八、一二九円に相当することが認められる。

第二、(イ) 証第六号中の昭和三一年一〇月一日付工事請負契約書によれば、第一中学校校舎昭和三一年度増築工事(実施坪数は一〇八坪、補助対象は内一〇〇坪)は株式会社伊藤組が大館市から請負つたものであるが、その請負工事費が二七三万円、坪当り単価二五、三〇〇円であることは公訴事実第二冒頭記載の通りである。しかし同号証中昭和三一年一二月一日付工事請負契約書によると、右伊藤組は更に追加工事を工事費一二二、二三〇円で請負つたことが明らかで、その工事内容(渡り廊下仮設、ソフトテツクス張付等)は、前掲山口久一の検察官に対する昭和三三年一二月二二日付供述調書四(12)(15)各項記載の趣旨から、補助対象たる前記校舎増築工事の一部を成すものと解せられる。よつてこれらの請負代金額を合算すると二、八五二、二三〇円であり、坪当り二六、四〇九円に相当する。

(ロ) 証第八号中の昭和三一年九月二八日付工事請負契約書によれば、釈迦内小学校校舎昭和三一年度改築工事(実施坪数は一〇〇、六四坪、補助対象内一〇〇坪)は上村清広が大館市から請負つたものであるが、その請負工事費が二五五万円、坪当り単価二五、四〇〇円であることは、公訴事実第二冒頭記載の通りである。しかし田村靖紀作成の各学校実施工事調書によると、右工事に使用された木材の一部は時価よりもずつと安くして市が供給したものであり、時価との差額を加算すれば、右工事費は二、七〇九、〇〇〇円に評価することができ、坪当り二六、九一七円に相当することが認められる。

第三、証第一〇号中の昭和三二年二月二六日付工事請負契約書によれば、成章小学校葛原分校新築工事(実施坪数は六九坪、補助対象は内三八、四八坪)は株式会社山直組が大館市から請負つたものであるが、その請負工事費が一七〇万円、坪当り単価二四、三〇〇円であることは、公訴事実第三冒頭記載の通りである。しかし同じく証第一〇号中の佐藤直吉名義の昭和三二年三月一三日付見積書及び昭和三二年六月二日付工事竣功届(給水工事の分)並びに証第三六号中の「市立成章小学校葛原分校新築に伴う施設、設備工事について(予算交付額)」と題する書面によると、市は右新築工事について、前記の外、同校舎に附帯する物置工事に四一、〇四四円、同給水工事に二六、〇〇〇円、同電気工事に四六、〇〇〇円、及び右建築のための整地工事に一五、〇〇〇円を各支出していることが明らかである。

以上の金額はいずれも右分校新築工事費用であるから、これらを合算すると、一、八二八、〇四四円でありり、坪当り二六、四九三円に相当する。

第四、(イ) 証第一二号中の昭和三二年一一月二二日付工事請負契約書によれば、第一中学校校舎昭和三二年度増築工事は株式会社伊藤組が大館市から請負つたものであるが、その請負工事費が三、一三八、〇〇〇円、坪当り単価二四、八〇〇円であることは、公訴事実第四冒頭記載の通りである。しかし、同じく証第一二号中の昭和三三年二月五日付工事請負契約締結伺及び伊藤儀助名義の見積書によると、伊藤組は、右工事の電気追加工事をも工費二七、八五七円で請負つたことが明らかである。尚、検察官の実況見分調書(学校施設の分)によると、右校舎増築工事に附帯して渡廊下が移設されているが、その費用は同じく証第一二号中の昭和三二年九月一六日付設計書により二五万円であると認められる。

以上の金額はいずれも右校舎増築工事費に含められるべきものであるから、これを合算すると三、三八五、八五七円であり、坪当り二六、五四〇円に相当する。

(ロ) 証第一四号中の工事請負契約書によれば、釈迦内小学校校舎昭和三二年度改築工事は、三浦久雄が大館市から請負つたものであるが、その請負工事費が三〇〇万円、坪当り単価二四、六〇〇円であることは、公訴事実第四冒頭記載の通りである。ところで、同号証中の渡廊下設計図及び前示実況見分調書によると、右校舎改築工事に附帯して新築校舎と既存校舎の間に渡廊下の架設を施工したことが明らかで、その費用は、田村靖紀作成の各学校実施工事調書により二七五、〇〇〇円であると認められる。

よつて、これらを合算した右校舎改築工事の総費用は三、二七五、〇〇〇円であり、坪当り二六、八四四円に相当する。

然らば、公訴事実記載の本件各補助対象事業について大館市が実施した工事の一坪当り工事費は、いずれも前節に於て示した基準単価を超えていたことが明らかである。

第四節請負工事費に関する不実記載

ところで、右補助金の交付決定又は補助金受領に関する手続を行う為に大館市から秋田県出納長又は秋田県知事に提出した書類中には、次のようなものが含まれている。即ち、

第一、(一) 第一中学校屋内運動場工事に対する災害復旧国庫負担金の昭和三〇年一一月三〇日付被告人佐藤名義請求書には、右屋内運動場鉄骨造り一六〇坪に対する本工事費六四〇万円、附帯工事費なし、工事費計六四〇万円である旨記載した同日付被告人伊藤名義災害復旧事業実施状況報告書(証第一八号に編綴)が

(二) 第一中学校、成章中学校及び長木中学校各屋内運動場等の工事に対する公立小中学校建物整備費補助金の昭和三一年三月二七日付被告人佐藤名義請求書には、請負代金額を一五、二〇五、五〇〇円と記載した戸田組大館市間の第一中学校並びに成章中学校屋内運動場新築工事請負契約書写及び請負代金を二、八一七、〇〇〇円と記載した佐藤幸太郎大館市間の長木中学校屋内運動場新築工事請負契約書写並びにこれらに符合する設計書(いずれも証第二二号に編綴)が

第二、第一中学校校舎増築工事に対する公立小中学校建物整備費補助金の昭和三一年一〇月(日付空白)の被告人佐藤名義請求書には、請負代金を二九〇万円と記載した伊藤組大館市間の同月一日付同中学校増築工事請負契約書写及びこれに符合する設計書(証第三〇号に編綴)が、又釈迦内小学校校舎改築工事に対する公立諸学校危険校舎改築費補助金の昭和三一年一〇月日付空白被告人佐藤名義請求書には、請負代金額を二六六万円と記載した上村清広大館市間の同小学校改築工事請負契約書及びこれに符合する設計書(前同)が

第三、成章小学校葛原分校建築工事に対する昭和三二年二月二七日付被告人佐藤名義開拓事業入植施設費補助金交付申請書には、工事請負費として二、〇六七、〇〇〇円の支出を予定している旨記載した収支予算書写(証第三六号に控編綴、昭和三三年一二月二四日付進藤三千穂の検察官に対する供述調書第七項参照)が

第四、第一中学校校舎増築工事に対する公立小中学校施設整備費補助金の昭和三三年一月三一日付被告人佐藤名義請求書には請負代金額を三、三七三、〇〇〇円と記載した伊藤組大館市間の昭和三二年一一月二二日付同中学校校舎新築工事請負契約書写及びこれに符合する設計書(証第四五号に編綴)が、又釈迦内小学校改築工事に対する公立諸学校危険校舎改築費補助金の昭和三三年一月三一日付被告人佐藤名義請求書には請負代金額を三二二万円と記載した三浦久雄大館市間の同小学校改築工事請負契約書写及びこれに符合する設計書(前同)がそれぞれ添付された。

右第一の(二)の戸田組の第一中学校並びに成章中学校屋内運動場新築工事請負代金が実際は前節第一の(イ)(ロ)記載の通り一、四三八万円、佐藤幸太郎の長木中学校屋内運動場新築工事請負代金が実際は同(ハ)記載の通り二、四九五、〇〇〇円、右第二の昭和三一年一〇月一日付伊藤組の第一中学校増築工事請負代金が実際は前節第二の(イ)記載の通り二七三万円、上村清広の釈迦内小学校改築工事請負代金が実際は同(ロ)記載の通り二五五万円、右第四の昭和三二年一一月二二日付伊藤組の第一中学校増築工事請負代金が実際は前記第四の(イ)記載の通り三、一三八、〇〇〇円、三浦久雄の釈迦内小学校改築工事請負代金が実際は同(ロ)記載の通り三〇〇万円であつて、右各補助金請求書に添付された請負契約書写等に記載された請負代金額がいずれも事実と相違するものであることは公訴事実に摘示された通りである。又右第一の(一)の災害復旧事業実施状況報告書に本工事費六四〇万円、附帯工事費なしと記載している点も、前節第一の(イ)の説示に照らし、不正確なものであり、正しくは右本工事費の金額を減額し附帯工事費若干額を計上記載すべきであり、第三の収支予算書写に工事請負費として記載された金額も亦前節第三に認定した当該工事総工事費に比してもなお過大である。然して以上の各金額のいわゆる水増しが偶然の所産でなく、意識しての記載であることは、右のいわゆる水増し記載に符合する工事請負契約書等を編綴した証第三号、証第五号、証第七号、証第九号及び証第一一号各簿冊が大館市教育委員会にそなえつけ保管されていたことからも明白である。

第五節法第二九条第一項の法意

然らば、故らに右のような不実の記載ある前記各書類を補助金交付機関に提出し、大館市に本件補助金(又は間接補助金)の交付を受けさせた行為が補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下単に法という)第二九条第一項(及び第三三条第二項)に該当するかというに、当裁判所は次のような理由でこれを否定すべきものと解する。

法が第二九条第一項で補助金不正受給に対する刑罰を規定しているのは、国の財政的利益を保護法益としてその侵害を処罰する趣旨であつて、抽象的に、右法益乃至は補助行政の秩序、公正一般に対する危険或は補助行政上の個々の手続違背自体を処罰する趣旨ではない。このことは同条の構成要件上当然であるばかりでなく、補助金交付を受けるに至らない場合を罰すべき未遂罪の規定を欠き(尚この場合は、同条がその構成要件に刑法上の詐欺罪の構成要件を包摂し、同罪に対する特別規定となつているので、詐欺未遂としても罰し得ないと解される)、補助行政運営上重要な手続違反については別途に法第三一条の罰則などが設けられていることに徴し、明らかである。それ故、法第二九条第一項にいう「不正の手段により補助金等の交付を受けヽヽヽヽ又は間接補助金等の交付ヽヽヽヽを受け」るとは、不正手段によつて、本来補助金等、間接補助金等の交付の対象とならない事務又は事業について補助金等、間接補助金等の交付を受け、或は当該事業等に本来交付さるべき金額を超えた金額の補助金等の交付を受けることを指し、たとえ不正と目すべき手段が講じられても補助金等、間接補助金等を交付さるべき資格ある事業等について正当な金額の交付を受けた場合はこれに含まれないと解すべきである。蓋しこの場合に於ては、交付に係る補助金は国の財政目的に沿つて支出されたのであつて、国に於て財政上の損失を生ずることがないからである。

大館市が受領した本件補助金の金銭は、大館市の実施する各補助事業に要する坪当り工事費が基準単価を下るものでないことを前提として決定されたものであるところ、実際にその各補助事業の実施に要した坪当り工事費が基準単価に達し又はこれを超えていたことは第二、三節に於て既に説示したところである。従つて本件補助金は客観的にも正当な金額であつて、その交付の結果国に財政的損害を与えたといえないから、これを大館市に受領せしめることに関する手続中において前示のいわゆる水増し金額の記載ある書類を交付機関に提出したとしても、その行為は法第二九条第一項の構成要件を充足するに至らないのである。

検察官は、第三節認定の各工事費の一部は補助年度経過後の支出に係るものであるから、補助事業の工事費には含まれないと主張する。確かに本件補助金の交付に際しては事業の年度内遂行が条件となつている(例えば証第一九号中の昭和三〇年七月五日付秋教総本収第一〇六号及び証第二一号中の昭和三〇年一一月一二日付秋教総本収第一九号各秋田県教育長の通牒参照)が、反面一定手続を経ることにより補助金を次年度に繰越使用する途も開かれ、現に本件補助事業中にも概算払の特例承認により工期の延長を認められたものがり(証第二八号中の昭和三一年四月一八日付秋教総本収第六六号秋田県教育長の通牒参照)、畢竟するに、右条件は国が支出した補助金の効率的運用を確保する趣旨で設けられた制約であつて、右制約に対する違反から生ずる国の不利益は財政効率の阻害に止まるのであるから、この場合に迄交付補助金の額に相当する国損を生じた場合とひとしく法第二九条第一項を適用するのは行過ぎである。かかる違反に対しては、国は法一六条乃至一八条により是正を求め或は補助を取消す等の措置により規制し得るのであり、これ等の規定が適切に活用される限り、補助事業の実施時期が補助条件に反すること自体は法第二九条第一項に該当しないと解しないと解したからといつて、必らずしも補助行政の弛緩を招くとするには当らないのみならず本件証拠によれば、年度内に施行されなかつた工事は僅少部分であり、その遅滞の期間も僅か数ヶ月にすぎなく、しかもその原因は当時大館市が屡次にわたる大火に逢つて同市建築課などの業務が著しく停滞していたという已むをえない事情によるものであつたと窺われるから、これらを勘案すると、右の程度の遅滞をもつて直ちに交付決定の条件に対する明白な違反であり、これらの工事に要した費用は補助事業の実施工事費中に算入するを許さないとするのは木を見て森を見ざるの類行政の実体を忘失して法の枝葉末節に走つた見解というべきである。

更に、検察官は大館市の追加更正予算においていわゆる水増し分に相当する金額が雑収入又は雑部金に計上され、市の一般財源に流用されたことを指摘する。しかし補助事業費の支出が補助年度内に為されなかつた違法については前段説示の通りであるし、その間補助金を補助目的外に流用する意図が介在したとしても法第三〇条違反に問うは格別、法第二九条第一項の問題とはならない。

要するに、本件各補助事業の坪当り工事費が基準単価に達している限り、本件補助金が交付されたことにつき、法第二九条第一項の罪が成立する余地はないのである。

第六節結論

被告人両名は、本件補助金受給手続に際し第四節記載のような各書類が提出されたことは知らないと主張するが、被告人両名及び関係市吏員等の各供述調書の記載は暫く措くとしても、前示証第三号、証第七号、証第九号及び証第一一号中に編綴の各工事入札予定価格表が明らかに被告人佐藤自身の作成である事実並びに証第三六号中の昭和三二年一月二八日発議者田畑準吉から被告人伊藤に提出された「伺」と題する書面の内容のみによつても、被告人両名が前記不実記載の書類による補助金請求手続に全く関与していなかつたとは到底考えられない。しかし、被告人両名がかかる不実の記載ある書類を提出して補助金を受領したとしても、右行為は、もとより行政上徳義上の見地からは非難を免れないところであろうが、第三節記載の通り本件補助事業の坪当り工事費が基準単価に及ばないことが認められない以上、本件訴因たる第二九条第一項の構成要件を充足しないこと、右に説示した通りである。

よつて、本件公訴事実はいずれも犯罪の証明がないことに帰するので、刑事訴訟法第三三六条に則り、被告人両各に対し無罪の言渡をすることとし、主文の通り判決する。

(裁判官 三浦克巳 渡部保夫 加藤隆一郎)

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